東京高等裁判所 平成12年(ネ)1453号 判決 2000年8月02日
控訴人
有限会社A
右代表者代表取締役
甲
右訴訟代理人弁護士
永井均
被控訴人
国
右代表者法務大臣
保岡興治
右指定代理人
小池充夫
同
安岡裕明
同
渡邉芳雄
同
杦田喜逸
同
吉野隆司
主文
一 本件控訴及び控訴人が当審で追加した請求をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人の控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金七七四七万〇六〇〇円及びこれに対する平成九年九月一二日(本訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分との割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。
二 控訴人の本訴請求の趣旨
右一の控訴の趣旨2項と同旨。
第二事案の概要
一 本件の事案の概要及び争点に対する当事者双方の主張は、次の二項及び三項のとおり控訴人が当審で追加した主張及びこれに対する被控訴人の反論を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」の項に記載されたとおりであるから、この記載を引用する。ただし、原判決八頁三行目の「超えるを税額を」を「超える税額を」に改める。
二 控訴人の追加主張
1 松戸税務署の組織的な不法行為について
B税理士は、平成二年ころ以降控訴人の税務処理に関与していたが、多額の現金が動く業態の経理には暗く、実態とかけ離れた架空利益を計上するような決算をし、これに基づいて税務申告をしており、その申告内容は、税務署調査員であれば一目でその誤りが判明するような杜撰なものであった。したがって、松戸税務署長による法人税の調査が始まった平成二年二月一八日から同税務署が控訴人の修正申告を受理した同三年一二月七日までの間に、少なくとも平成二年八月期及び平成三年八月期については原始資料等を基にその申告内容全体を検討すべきであった。しかるに、松戸税務署の担当者らは、控訴人に対し、多額の架空仕入れや架空利益を放置したまま、売上計上漏れだけを指摘し、その金額を根拠もないのに一か月当たり一〇〇万円として、平成二年八月期までの四期分にわたって修正申告させるという極めて偏頗かつ粗雑な処理を行った。松戸税務署の右の処理は、営業実績統計表の売上金額と売上帳簿の売上金額との開差を根拠とするもののようであるが、控訴人の代表者にはもとより所得税を逋脱する意思は全くなく、実際は、控訴人は、平成元年一二月までは景品交換所を経営していた暴力団関係者に景品交換金額の三パーセントの手数料を支払っていたところ、この手数料の額を少なくするために売上げと仕入れの双方について同額の減額処理を行っていたものであって、松戸税務署調査担当者が検討すれば容易に売上額に見合う仕入額についても減額処理を行っていたことが判明し、その結果所得税の脱漏は存在しないことが分かるはずであったのである。また、平成元年一〇月五日の不動産売買に関し、本来なら法人税法上同族会社の行為計算否認の規定により甲個人の譲渡所得とすべき売買益を、これを知りながらあえて控訴人に帰属するものとして課税し、なおかつその分の重加算税まで賦課するという扱いも行っている。このように、松戸税務署の調査担当者らは、控訴人の営むパチンコ業に対する偏見から、不当に多額の税金を控訴人から徴収する目的で、意図的に右のような不公正な処理を行ったものである。
よって、控訴人は、これら松戸税務署の職員らが一体となって行った不法行為によって控訴人の被った損害の賠償を求めるものである。
2 消滅時効の起算点について
(一) A調査官の不法行為を理由とする損害賠償請求権について
控訴人代表者は、B税理士からも修正申告を強く促されたため、不満は残しながらも右の上田のしょうよう行為が違法なものであるとまでは認識できずにいたところ、平成七年四月二七日に行われた国税局査察部による調査によって、控訴人に一二〇〇万円の売上の計上漏れがあったことを前提とする平成三年八月期分の修正申告が右の売上げ計上漏れの事実はないものとして取り消されたことから、控訴人代表者は、その時点で初めて本件の損害の発生を認識できることとなったものである。したがって、平成九年八月二五日の本訴提起時には、いまだ右の損害賠償請求権の消滅時効は完成していないこととなるものというべきである。
(二) 松戸税務署の組織的な不法行為を理由とする損害賠償請求権について
控訴人が、松戸税務署の組織的な不法行為による損害の発生を知ったのも、国税局の税務調査があった後の時点であるが、右の不法行為による損害賠償請求権についても、上田調査官の違法行為を内容とする損害賠償請求権の訴えの提訴によって、その消滅時効が中断されるに至ったものというべきである。
三 被控訴人の反論
1 控訴人の追加主張に係る不法行為について
税務署長は、提出された税務申告書に記載された税額等の計算が国税に関する法規に従っていなかったとき、あるいは、調査したところと異なるときは、その税額等を更正することとなるが、更正を行う前に納税者本人に修正申告書の提出をしょうようすることは当然のことである。本件における修正申告は、A調査官らの調査で把握された控訴人の所得額の範囲内で行われたものであって、A調査官は、過大な所得の認定に基づき控訴人に修正申告をしょうようしたものではない。また、平成元年一〇月五日の不動産売買益は本来控訴人に帰属するものであり、控訴人は、原審においていったん行った右の売買益が控訴人ではなく控訴人代表者個人に帰属するものであるとする主張をその後になって撤回しているのであり、このことからしても、右主張は失当なものというべきである。
2 消滅時効の起算点について
控訴人のA調査官の違法行為を理由とする不法行為の主張にあっては、控訴人が同調査官の脅迫的言辞による修正申告のしょうようを受けた時点でその行為が違法であること認識し得たものというべきであり、また、遅くとも修正申告により納付することになった税額について東京国税局長に対して納付委託を行った平成四年九月三〇日には、損害の発生をも知ったこととなるものというべきであるから、右のA調査官の違法行為を理由とする損害賠償請求権については、本訴提起時には既に三年間の消滅時効期間が経過していたこととなる。また、控訴人は、当審において、松戸税務署が組織的一体的に違法行為を行ったものとし、その違法行為を理由とする損害賠償の請求を追加するに至ったが、右の追加主張を行うに至った当審の第一回口頭弁論期日である平成一二年六月一四日には、右の不法行為を理由とする損害賠償請求権についても、消滅時効が完成していることは明らかである。被控訴人は、この消滅時効を援用する。
第三当裁判所の判断
一 上田調査官の不法行為を理由とする損害賠償の請求について
当裁判所も、控訴人が、昭和六二年一〇月期から平成二年八月期までの各期の税務申告につき、所轄の松戸税務署所属のA調査官の脅迫等による違法な修正申告のしょうよう行為があったものとして、被控訴人に対して当初申告額と修正申告額との差額の七七四七万〇六〇〇円に相当する損害の賠償を求める請求には、理由がないものと判断するが、その理由は、原判決が「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」の項において説示するところと同一であるから、この説示を引用する。ただし、原判決一一頁六行目の「同条一条」を「同法一条」に、一四頁の五行目及び末行並びに一五頁二行目の各「国税庁の」をいずれも「国税局の」にそれぞれ改める。
すなわち、仮に、控訴人が主張するようなA調査官による不法行為があり、これによって控訴人が損害を被ったものとしても、控訴人は、右の請求において、A調査官の脅迫的言辞を用いた修正申告のしょうよう行為を不法行為の内容として主張しているのであるから、右の修正申告書の提出時点である平成三年一二月七日までには、右のA調査官による違法行為の存在を認識し、また、遅くとも右の修正申告により納付することになった税額について東京国税局長に納付委託を行った平成四年九月三〇日には、右の違法行為による損害の発生をも知ったこととなるものと考えられるから、本訴提起時には、右のようなA調査官の違法行為を理由とする損害賠償請求については、既に三年の消滅時効が完成していたものとせざるを得ないこととなるのである。
二 松戸税務署の組織的不法行為を理由とする損害賠償の請求(当審において新たに追加された請求)について
控訴人の当審での追加主張に係る請求は、松戸税務署の署長を始めとする担当者らが、控訴人の税務申告について、意図的に杜撰な調査に基づき極めて偏頗かつ粗雑な処理を行ったということをその理由とするものであって、A調査官の違法な修正申告のしょうよう行為が不法行為に該当することを理由とする従前の請求におけるのとは別個の不法行為をその理由とするものであることは明らかである。そうすると、当審で追加された右の請求に係る損害賠償請求権の消滅時効が平成九年八月二五日の右の従前の請求を内容とする本訴の提訴によって中断されたとする控訴人の主張には理由がないものというべきである。
ところで、控訴人自身が、国税局による調査があった平成七年四月ころには、B税理士に検討を依頼して調査をしてもらった結果、B税理士の申告内容がでたらめであることが明らかになったと主張していることなどからすると、控訴人代表者は、そのころには、右のような松戸税務署の署長を始めとする担当者らによる違法行為の存在やこれによる損害の発生を知ったことになることは明らかなものというべきである。そうすると、控訴人が当審において新たにこれらの事実を理由とする損害賠償の請求を行うに至った平成一二年六月一四日の時点では、右のような事実を理由とする損害賠償請求権についても、既にその消滅時効が完成するに至っていたことは明らかなものというべきである。
第四結論
以上の次第で、控訴人の請求は、当審で追加されたものをも含め、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないものといわざるを得ない。よって、本件控訴を棄却するとともに、控訴人が当審で追加した請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 涌井紀夫 裁判官 合田かつ子 裁判官 宇田川基)